「カメラを止めるな!」の正直な感想

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カメラを止めるな!』という映画が話題になっていますよね。
いたるところで、いろんな人が大絶賛。
微妙だとか、つまらないという感想はほとんど見かけません。

 

そんな大人気の『カメラを止めるな』ですが、筆者も映画好きとして話題作は抑えておきたい気持ちがあるので当然拝見しました。

 

ハードルはまあまあ上がった状態でしたが、そんなにうがった見方になるほどではありませんでした。

 

しかし、もうこの時点で正直な感想を言いますと、個人的にはそうでもなかったです。

 

やはり、どんなに多くの人が絶賛しても、微妙と感じる人はいる訳で、どうやら筆者はその人間だったようです。

 

ではなにが微妙と感じたのかを語る前に、まずこちらの記事をごらんください。

 

www.m-on-music.jp

 

記事の内容をかいつまんで説明すると、「絶賛以外の感想が言いづらくなってるよね」っていう話。
なので、作品のマイナス点をあげた正直な感想を語られています。

 

絶賛以外が言いづらいということに、「いやそんなことは無いだろう」と、絶賛派の方々は思ったでしょう。

 

ということで、筆者はその微妙と思ったほうのレビューを書きたいと思います。

 

いま世の中で、正直そうでもなかったと感じながら、それを言ったらイジメが始まったとか迫害されたとか、そういう目にあってしまっている人がいるかもしれないので、そういう人を勇気づけるためにも、ここに微妙派を代表してレビューしたいと思います。今回そのためだけにブログを開設しました。

 

もちろん、めちゃくちゃネタバレしているので、映画を観る予定の方はバックされることをオススメします。

 

 

【目次】

 

1.展開が読めた

まず第一に、展開が読めてしまったことが大きい。
どんな映画も展開が読めたらつまらなく感じるものだが、この映画はまさにそれでした。

 

始まってすぐ、女性が襲われている中、カットの声がかかる。
そして監督が怒号をあげる。

この監督が登場したところでメタフィクション的な第一階層から第二階層に入る訳だが、カメラが明らかにおかしい。

いくら低予算でも、ミニシアターで上映するなら多少はマシなカメラにするはず。

ミニシアターの映画もよく見ているが、どんな低予算B級ホラー映画でも、よほど古いハンドカメラじゃないとおかしい。

そしてカメラワークや、階層の切り替わり方(劇中劇の映画からその裏側の生放送ドラマへの切り替わり)のカメラワークや雰囲気がすでにおかしい。

最近はiPhoneでも綺麗な映画が撮れる時代(『タンジェリン』という映画がある)。

さらに、一番最初に第一階層から第二階層になったという『アメリカの夜』(フランソワ・トリュフォー監督作品)と同じようなネタバラシがあって(アメリカの夜はこれを売りにした映画ではない)、さらにカット割りが入らないことやこのカメラの雰囲気なら「まだ撮ってる」ことが容易に想像できました。

 

なのでこの時点で、これは映画内映画で、おそらく後半でその撮影事情が明かされて、最後は『プロジェクトA』のNGシーン披露みたいな感じで「これも撮影ですよ」的なエンドロールが流れる超メタフィクションな映画なんだろうというところまで読めました。

しまいにはこっち(観客側)に向かって「カメラは止めない!」というセリフを言うし、汚れたカメラを拭くし、映画内映画であることは完璧に読める。

個人的に、メタフィクションは『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』とかで鍛えられた感がある。

 

あと笑いのフリも分かりやすいですね。かなり王道の笑いをいっていました。
監督の奥さんがやらないと言いつつノリノリでやるとか、監督が酔っ払いのおじさんから娘の話を聞いて自分も泣くとか、酒瓶が出てくるとか、腰を痛めてるとか、お腹をこわしやすいとか、普段なら分かっていても笑えるものだけど、正直途中で作品自体に興醒めしていたので笑える点は少なかったです。
伏線回収の映画や、パターンの笑いの講習所的番組の『さんまのお笑い向上委員会』とかを見ていれば、フリにも気づいて読めてしまいます。

 

 

 

2.映画じゃないよね

よく感想では「映画愛が溢れてる!」とか「映画好きなら絶対感動できる!」みたいな感想を見かけますが、個人的にはあまり映画っぽさは感じませんでした。

ちなみに上記で紹介した記事にも、これらの雰囲気には乗れないという意見が出ています。

 

たまにレビューなんかで、「ライブ感」などという表現を見る。それもあるけど、それは大したマイナス点ではありません。

 

個人的に映画じゃないと感じた点は以下の4つ。

 

映画の話ではない

まず一つは、これは映画の撮影現場の話ではなく、ゾンビ専門チャンネルの開局記念で放送される二時間の生放送ドラマの話であるということ。

つまり映画じゃなくてドラマ。

この時点で映画じゃないんかいっていう気持ちになってしまいました。

 

テレビドラマはテレビドラマで、映画は映画。
ものづくりという点では共通しているが、映画の話じゃないので映画愛で溢れてるとは思わなかった。

プロデューサーからのムチャブリに頑張りましたね、くらいの感じ。

 

 

 

映画愛が足りない

映画愛というかものづくり愛なのだけど、個人的には物足りませんでした。
いや、あの映画にそのものづくり愛があったのはある程度感じましたが、まだ足りない。

正確に言うと、セリフとしての作品愛が伝わらなかったんです。
脚本が評価されている作品ですが、それは伏線的構造や流れであって、セリフ面での脚本はイマイチかなと。

 

よくこの作品の感想の中で見かけ、比較にあがっている作品の一つに三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』があります。
そんな『ラヂオの時間』と比べると、作品愛だとかものづくり愛が伝わるセリフが少なかったのが残念。

ラヂオの時間』では、鈴木京香が演じる原作者であったり、唐沢寿明が演じるディレクターが原作者をかばうあたりのセリフから、これでもかという作品や物を作ることへのこだわりと愛が伝わり、加えて西村雅彦が演じるプロデューサーからは分からなくもない大人の事情がひしひしと伝わるセリフが放たれる。

 

『カメラを止めるな』では、監督が冒頭であげた怒号と、プロデューサーに対してついにカッとなったところくらいしかない。
あとは放送事故にならないよう娘が合図を出して、最後になんとか撮影乗り切りましたっていう雰囲気。
流れとしては撮影終了にこぎつけてるけど、あくまで勢いと作業的な形で、どうしてそこまでやるのかとか、そういう気持ちのあるセリフがもっと欲しかった。

 

作品の持つ勢いと流れにのまれると気にならないんでしょうけど。

 

個人的にはそういう意味で映画愛の物足りなさを感じました。

 

 

映画の撮り方に感じない

撮り方が映画的じゃないと感じたのもマイナス点でした。

 

一番言いたいのは中盤。
「1ヶ月前」のところ。

 

すっごい再現ドラマっぽい。

 

カメラワークやカット割り、画面の構図やセリフ、カメラの画質がとても再現ドラマのよう。

 

元々あってないようなものだったものから、さらに映画らしさが無くなってしまった。

 

「1ヶ月前……」ってところから数秒くらいで興醒めしてしまいました。

 

いろんな講習で見せられる、ちょっと新しめの再現ドラマみたいな。たぶん2010年以降に作ったものって感じの。

 

カメラの画質は、予算の都合でこういうカメラしか使えなかったのかもしれないけど、それでも監督の技量が試される点は、もう少し映画的にしてほしかった。

 

特にリハーサルのところでの監督とカメラマン役のおっさんの他愛ない会話のシーンとか、演出的にもセリフ的にも本当に面白くなかった。

 

おっさんが話してるところをただ撮ってる感じ。なにを見せられてるんだろうと。結果的にフリにはなってるんだけど、もうちょっと面白い会話にしてほしかった。

 

 

この中盤部分全体が非常に冗長に感じました。

 

 

そしてもう一つ、一番最後の監督とその娘の顔が映るカットも、なんかなぁと。
他の家族愛映画でもこんなカットなかなか無い。
家族愛系のベタ見せ方をしたミュージックビデオで見るくらい。
ファンモンのジャケット撮影かとも思ってしまったし。

 

 

 

笑いのタイプが2時間ドラマ

これは悪いことではないんですけど、ちょっと気になりました。

 

上記で王道の笑いと言いましたけど、ここでの笑いのタイプは「フリがあったもの」のことではなく、例えば監督の奥さんが暴れ始めるとかその辺の笑いのことです。

 

庶民的な笑いというか、おばさんがおばさんらしく面白いっていうタイプの笑いだなと。

 

なに一丁前に笑い語ってるんだって思うかもしれませんが、あくまで個人的な感想なので。

 

それにこのノリって、2時間ドラマのノリなんですよね。

 

渡辺えりさんが主演をやっているような2時間ドラマとか、山村紅葉さんが出てるような2時間ドラマとか、そういうので見るタイプの笑いに感じたんですよ。

 

あと、朝ドラとか、NHKの大河以外のドラマもこういうタイプの笑いかも。おばさんがはっちゃけたり、どこか田舎くさかったり。

 

だからテレビで見たら面白かったんだろうけど、スクリーンでこれをされてもあまり笑えなかった。上記の通りカット割りなんかも映画っぽくなかったし。

 

正確にいうと、こういうタイプの笑いでも見せ方によっては映画的で面白いと思うことはあるけど、上記のように映画的に感じない雰囲気やカット割りだったので、こういうところも合わさって、より映画に感じなかったんですよね。

 

 

 

3.役者の演技が凄い訳ではない

役者の人は無名の人ばかり。
こういうところも、先入観なく見ることができ、大衆に受けた要因の一つでしょう。

 

ただ、個人的にはそういう名前の知らない役者さんが出てる映画(特にミニシアター系)はよく観るし、これが珍しいこととは思いませんでした。

 

たまに、明らかに売れてない劇団の舞台を見に行くこともありますが、そういうのも同じ。

 

なんなら同じ役者さんとしてフェアに見たと思います。

 

なので、ヘタクソとは言わないけど、めちゃくちゃ上手いわけではなかったと言えます。

 

監督役の人は、怒号のシーンは鬼気迫る感じがあってよかったんですが、それ以外の普通のシーンがイマイチ。
なよなよしてるのがおかしいんじゃなくて、そのなよなよの演じ方もなんかなあと。

 

やっぱり無名の役者さんが出てる小さな舞台のような感じ。
スクリーンで見るよりも、小さい舞台で見るとしっくりくるような感じの演技の仕方というか。

 

この映画が全国上映になったあたりの他の映画や、現在上映中の映画の、いわゆる人気俳優の演技は、やはり映画的なプロの演技だなと感じました。

 

たとえば『累』の土屋太鳳と芳根京子は、お互いに二役演じた状態で、どちらも演技と思わせないほどだったし、特に土屋太鳳はサロメのところが凄かった。作品全体としては今一つだったけど。

 

そして『検察側の罪人』の木村拓哉二宮和也、そして悪役の酒向芳の三人は狂気的で鬼気迫る演技で、二宮和也の怒号なんて今年一の怒号演技くらいの迫力でした。

 

『響』は平手友梨奈アヤカ・ウィルソンがぎこちなかったけど、北川景子小栗旬は良かったと思います。

 

カメラを止めるな!』については、たまに映画レビューやTwitterで役者さんの演技が上手かったみたいなコメントがあったけど、個人的にはそれはほんの一部の人と一部のシーンにしか感じませんでした。

 

 

 

4.伏線回収が凄い訳ではない

この映画は伏線回収が凄いと言われますが、個人的には伏線回収というよりも「種明かし」と言った方が適切かなと感じました。

 

後半は、実は映画の撮影で、舞台裏ではこんなことがあったんですっていう種明かし。
前半と後半に分けたというだけで、物語もそれを特殊に見せている外枠の構造も実は極めてシンプルなんですよね。

 

まあこういうパターンはアニメでもドラマでもたまに見る形ですね。
実は1ヶ月前……」などのようなテロップが入って、ある出来事が起こった前のエピソードが語られ始めるという。

 

伏線回収といえば、レビューなんかでも『運命じゃない人』をあげる人がいますが、個人的にはこっちの方が伏線回収の映画かなあと思います。

『カメラを止めるな』は単純に前半と後半に分かれた形ですけど、こちらは入り組んで交錯しているので非常に巧み。
あのシーンとこのシーンが繋がるっていう気持ちよさがありましたね。

あと個人的には『スティング』もあげたい。

 

 

 

5.感想じゃないけど盗作疑惑について

感想じゃないし、この件は自分の感想になんら影響はないんですけど、まあ一応世間を騒がせているので触れておこうかなと。

 

まあ正直個人的にはどっちでもいいんですが、週刊誌が書いた「盗作」とか「パクり」はちょっと違うかなと思います。
これは完全に週刊誌らしい扇動的な書き方ですね。

 

で、話の焦点となっている原案か原作については、まあどちらかというと「原作」にした方がいいかなとは思いました。

 

舞台との共通点や、当時の舞台を見た人のレビュー、そして監督のインタビューなんかを読むと、原作にした方がいいかなっていう気はしましたね。

 

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原作改変されたアニメみたいな感じですもんね。
アニメはキャラクターは残ってるけど、この映画はキャラクターを変えたことで誤魔化してる感じもちょっとする。

 

舞台から着想を得たオリジナルっていう割には、ちょっとオリジナルな要素が少ない気もします。笑いの取り方くらいですかね。

 

舞台の人(和田さんって人)は、TwitterFacebookなんかで最初は絶賛して別物って言ってたみたいですけど、たぶんそれも「自分たちの舞台が元にある上で」っていう意味かなとも思いました。

実際、その舞台側の人の意見を聞くと、時系列的にはそのあたりから映画側に話し始めたみたいで、監督は舞台の和田さんを別の和田さんだと勘違いして、Twitterのリプライに返信していたのだとか。

 

まあいずれにせよ、全国上映の前のエンドロールには原案とも表記されてなかったらしいんで、その点はちょっと問題あったかなと思います。

 

なにより元々は舞台側の人と企画を進めていたらしいので、一度頓挫したからといって、そのあと一人で企画を進めたのはよくなかったかなと。
連絡が取れなかったらしいですけど、取れないなら企画を止めたり、それでも連絡を取るべきであって。
そしてきちんと舞台側の人と話し合っておかないから、こうなったんだと思います。
その点は監督や映画スタッフの落ち度でしょう。社会人ならば、事前にその辺は話し合っておくべきです。
大元に対する敬意や意識が欠けているのかなと感じてしまいました。

 

 

ちなみに、こういう原作表記の作品もあるよ、という意味で二つの作品『ひかりの歌』と『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』を紹介したいと思います。

 

まず『ひかりの歌』は2019年に公開予定の映画で、今年の東京国際映画祭でも上映される作品。
こちらの原作、なんと公募で選ばれた4作の「短歌」が原作なんです。
短歌なので、「五・七・五・七・七」の和歌ですね。

最近TBSのバラエティ番組『プレバト』を見ている方なら分かるかと思いますが、短歌にも作者が込めた「ストーリー的な何か」はあれど、映画のような「物語」や「フィクション」としては微妙なものです。

そんな短歌でも原作として扱い、選ばれた4つの短歌に具体的な物語を添えた映画になっているようです。

 

hikarinouta.jp

 

そしてもう一つ『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』の方ですが、これはタイトルから見ても分かるかと思いますが、俵万智さんの『サラダ記念日』が原作になっています。

「「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」という歌で知られる俵万智さんの歌集です。

歌集ということに加え、それをすでにシリーズとして人気だった『男はつらいよ』(寅次郎サラダ記念日は40本目)の寅さんがやるということなので、サラダ記念日っぽい話で、俵万智の句がたまに出てくるのですが、結局お話は寅さん。

しかし『サラダ記念日』というタイトルや俵万智さんの歌も登場することもあり、他では「山田洋次」監督ひとりの名前のところに、俵万智さんの名前も連なっています。

 

www.tora-san.jp

 

こういう例もあるため、リスペクトの意味も込めて原作とする方がクリエイティブな面でも平和的な気がします。

 

 

 

6.最後に

絶賛している方が読まれると不快に思った方もいるかもしれませんが、別に映画を批判している訳ではなく、個人的な感想を書いただけなので。

 

誰にでも「つまらない」と感じる映画があると思いますけど、個人的にこの映画がそれだっただけなので。

 

 

筆者のように、この話題作を微妙と感じた人は、勇気を持ってもらえればと思います。

 

いるか分かんないけど。